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プログラマとデザイナ

親友

親友に美大でデザインを専攻している者がいる。彼とは古くから親しく、この世界で唯一、自分が考えていること全て話せる存在だ。
少し前に彼から興味深いことを言われた。「君は漫画もカードもゲームも好きではないし、全く趣味は合わない。でも、人生に対する考えが好きだから一緒に遊ぶのだと思う。」
全くその通りである。そんなことは僕もずっと思っていた。でも、一つだけ疑問があった。
彼はデザイナであり、僕はプログラマである。彼は絵が上手で、僕は絵が下手だ。彼はクリエィティブだし、僕はクリエィティブではない。
趣味も違うし、よりパーソナルに近い部分でも違う。しかし、彼と馬が合うのなら、何か共通することがあるのではないか。

デザイナ

最近、様々な業種の方々と仕事をすることがあった。初対面の席でお互い、自分の職業と仕事を選んだ理由、仕事で何を得たいのか自己紹介した。
そこで、二人ほどとても興味深いことを話す方がいた。思考手順が面白かったのだ。彼女らはデザイナだった。その時は職業というより、二人の個人としての魅力が興味を誘っているのだと思った。
そういえば、二人はクールな腕時計を身に着けていた。

消費

その後、デザインを学んでいる友人と遊ぶ機会があった。彼とは高校の時からの関係で、卒業後も定期的に会う仲であるが、基本的には話が合わない。
遊んでいる途中、彼が「この時計買った」と左手首に巻いた腕時計を見せてくれた。Paul Smithのロゴが入っていた。聞くところによると、3万5千円ほどらしい。
「でも、他にも欲しい時計があって、イッセイ・ミヤケのやつなんだ。でも、4万以上するんだよね」彼は楽しそうに話していた。そして、他にも欲しい物がたくさんあるらしい。
別にブランドを身に着けるのは悪いとは思っていない。しかし、次から次へと物欲に燃えている彼は消費そのものであった。それを見て、直感的に彼はデザイナではないなと思った。

アート

僕はその仕事でプログラムを書いていた。でも、これまでとは違う。良い設計を考えて、エレガントなコードを書くことは求められていなかったのだ。求められていたことは、ただただ設計書通りに狂いなくコードを書くこと。
そこに創造はいらなかったのだ。それは退屈であったし、ショックであった。しかし、現実の仕事とはそういうものらしい*1。そこで僕は、自分がプログラムを創造することに愉しみを見出していたことに気づいた。
僕にとって、プログラミングは第一級のアートだったのだ。

創造

件の仕事の最後に、まとめのミーティングがあった。そこでもやはり興味深いことを話す方々がいた。彼らはデザイナであった。
退社後、彼らと飲みに行った。その席で「いい時計してるね」と言われた。僕がつけていたのは、スウェーデンのメーカの1万円くらいの腕時計だった。
声をかけてくれた彼女は白と黒のスタイリッシュな素敵な腕時計をしていたので、「それもいいね」と僕は返した。
「でしょ?これ2500円の20%割引で買えたの!」彼女は答えた。隣のデザイナが光沢のある青の文字盤に金色の時刻点がある美しい時計をしていたのも気になっていたので、「それは?」と聞いてみた。
「これはね1200円だったの」彼女は答えた。安価な物であったが、素晴らしいデザインで、彼女らにとてもお似合いだった。そして個性が光っていた。
そこで、自分に似合う腕時計を身に着けることは創造だと気づいた。

共通点

僕は絵を描いたり、何かをデザインしたいと考えたことはない。非クリエィティブな人間だ。だから、デザイナという職業とはかけ離れていると思っていた。
しかし、振り返ってみると、僕がプログラミングにこれほど熱狂できるのは、「どうすれば良い設計になるだろう?どう書けば、もっとエレガントになるのだろう?」と考え続けることができたからであると思う。
そこにhackしがいがあったのだ。創造があったのだ。
これで彼と共通することが分かった。対象は違っていても、お互い何かを創造することを楽しむ心を持っていたのだ。
そして、創造するための思考手順に似たものをお互い感じ取っていたのだ。

いつか彼にこのことを話してみようと思う。きっと、創造に富んだ返答をしてくれるだろう。

*1:もちろん会社によって違う。僕がいたところはウォーターフォールモデルで開発が進められていた。設計書に逆らってはいけないのだ